惑星コラージュ(1)

■コラージュ 1997.3.15.by Hestia

コラージュから10天体を読み解く

コラージュの解釈

これは、Hestiaが2度目に作ったコラージュです。コラージュは、雑誌など 既成の写真や絵を切り抜いて作るものなので、その雑誌の傾向(ファッション誌 、科学技術系の雑誌、パソコン雑誌、旅行のパンフレット等)によって、全体的 な印象がかなり変わることもあるでしょう。普通、治療室にはいろいろな分野の 雑誌などをそろえていますが、作成者が特に貼りたい写真があれば、それを持参 することもあります。また、ある時は華やかなファッション誌に目が止まること もあれば、別の時には自然の風景ばかりに目がいくこともあるでしょう。
今回切り抜いたのは、ある会社が配布している冊子のシリーズで、世界各地 の人々の生活、風習、自然の風景をグラフィックにとらえる、というコンセプト のもので、かなり変わった民族の写真なども多く出ているものです。まず、この ような日常的にはあまり目にできない光景をピックアップしたものに目がいった ということは、全体的なコラージュの構成として重要でしょう。

全体的な特徴だと自分で思うのは、動物が割と多いこと。また人間は男しか 登場しないこと(あるいは中央の子供は少女?)。乾・湿と、熱・冷の対比も印 象的で、両極を含んでいる印象。人物や動物の向きは、右側を向いているものが 多いこと。
右側(金星-木星-海王星)の軸は水に関係しており、左側(水星-火星- 天王星)の軸は地(土)や石など鉱物に関係している印象。中心(月-太陽-土 星-冥王星)の軸は、特に統一感はない感じもしますが、右を向いている動物や 人が多いようです。
これをそのまま解釈すると、環境や他者との接触、外部からエネルギーを取り込むこと(右側)においては、水に関係するということで、無意識的な状態にあると言えそうです。特に一番下の金星の位置では男が肩まで水につかりきっていて、身体的、感覚的な面(下部)ではほとんど無防備に環境と接してる感じもします。それが上の方では男が水から飛び上がっていて、精神的な面では、その 無意識的なものを意識的に制御しようとしているようです。
左側の馬と男は道のない砂漠、地平線さえも曖昧な砂漠を走っており、自己 集中や社会に対する自己のアピールの方法が定まっておらず、先行きも未だ分か らない状態が想像されます。どこに行くか分からないけれど、先はどこまでも広 く遠い。また砂漠には馬と男の他には何も見えず、周りの状況を気にしながら進 むというよりはひとり自分の力に集中しているような様子です。
全体的に画用紙の下の方の空間があいているのに対し、上の方には大きな写 真がぴったりと貼られていて、個人的にはこまごまとした活動をしながらも、より社会的、また精神的な活動に意識が向かっている感じです。
カバラの生命の樹に対応させた 10天体の位置 に対応させて、各々の位置にある写真を見てみるとどうでしょうか?

まず、月の位置にあるのは、火山の溶岩がどろどろと解け出て、海に流れ込んでいる写真です。深紅と黒の対照が目を引きます。赤と黒、という色の印象は 、どぎつい感じがします。赤は女の魅力を示すものですが、それが黒と組み合わ さると、感情的にどろどろとした、“黒い部分”と関係して、心理的には深層にあるものを表すようです。色彩言語では、赤は強力さ、活力や刺激を表し、黒は 自己否定を表します。あらゆる色を引き寄せ呑み込んでしまう黒色。赤の示す活力や血の流れ、また女性的なものへの否定、あるいはそれらの否定的な表現(過剰さ、など)にも見えます。
その意味で、この月はかなり穏やかではない感じがします。火山から溶岩が 流れ出ているということもまた、地の内側に閉じ込められていたものが、どろど ろと外側にでてくる、噴出している、というイメージがすぐに浮かびます。それ は地の下から出てくるわけで、地面、つまり生命の樹で最も下に位置する月の、 さらに下の部分から、何かが吹き出てきているわけです。Hestiaの月の写真は、 地面と関係していたこと(96年10月, 11月 )が思い出されます。同心円を描いた円の中心、地面の下、チャクラではムラ ダーラよりさらに下の世界という例えがありましたが、そこから何かどろどろと 出てきているようにも見えます。そして、地の下から出てきた溶岩(火)が、海 の水の中に流れ込んでいるわけです。地の底から噴出した熱い火が水の中で冷め て固まる、という流れです。
Hestiaの2度目の月 (96年11月)の写真では、男の子が海との境界で地面をのぞき込んでいました 。この流れで見ると、同心円の中心から出てきたものが、海に流れ込むという過 程を再現しているようにも思えます。ただ、月の写真では見えなかった地の下にあったものが、溶岩という非常に熱く危険なものとして、ここで表出しています 。
このときのトランジットおよびプログレスの状態を見ると、プログレスの月 は蟹座の19.34度。ルナーリターンを迎えて2カ月ほどなので、ネイタルの月と 2度のオーブでコンジャンクションです。
このプログレスの月に対し、プログレスの火星がオーブ1度以内でオポジションになっています。また、プログレスの月は、あと2度(2カ月)進むと、IC近くのプログレスの冥王星とスクエアになります。ネイタルでは、火星と冥王 星はスクエアなので、火星以遠を1度1年法とするプログレスでは、このアスペクトはずっと続くわけですが、冥王星がICを越えたばかりのところで、プログレスの月を巻き込んでTスクエアとなっているのが特徴的です。
月と火星のアスペクトだと、感情的にかっとなりやすいとか、瞬間的に感情 を表すことになります。12ハウスという隠れた場所にある月に対し、ICという深層に渦巻くもの(冥王星)が、6ハウスという対外的な調整への準備の中で噴 出してくる、という図が浮かび上がってきます。

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水星

月の次の位置、水星の位置には、小さな写真がいくつか並んでいます。
左上あたりにあるのは、何かの動物の骨が白骨化して、土の中からのぞいている写真です。その右側にあるのは、美術展の作品ですが、実物大くらいの2頭 の白い牛の像です。1頭はこちらに頭を向け、もう1頭はおしりを向けています 。左下にあるのも同じ美術展の作品ですが、二宮金次郎のたくさんの像です。背に薪を背負って、本を読みながら多くの二宮金次郎が左下側に向かって行列で歩いています。その右側には、中国西域の石窟寺院の壁画に描かれた女神の写真があります。さらにその右にあるのは、黒い服を着た初老の男の肖像画です。一見すると厳格な感じですが、よく見るとやさしそうというか、初老の男の弱さというか、人間味がじわりと伝わってくる印象があって、ここに置きました。これは、画面を均等に9分割すると、水星と月の両方の位置にかかっています。
これらの水星の位置の写真から想像できるのは、まず金次郎の行列という、 勤勉さ。それもたくさんあること、また“牛のように働く”というように、かな り集中力を要している感じです。そして、それは女神(?)の壁画という、宗教的 、精神性を深めるためのものに向かっている。初老の男は、水星の知的な活動を 監視しまた導く年長者の目のようでもありますし、また知的興味の対照に長い時 間をかけて向かうという意識を表しているようでもあります。しかしどちらにしても、牛のように勤勉、本を読みながら働くという集中力、初老の男という、あまり遊び的な気楽な活動ではなく、息もつまるような活動に集中している、という印象です。
牛も金次郎も、女神も複数いますが、水星で“複数のもの”を表現してしまうのは、実はHesitaの癖なのです。今回も意識していませんでしたが、結果的にそうなっています。ネイタルチャートでは、水星は木星と1度以内の合で、水星の活動を木星が拡大、増殖させてしまうわけです。水星は個人的に自己に集中して、自分の考えを作りあげていく働きをしますが、ここでは個人的な自己への集中がかなり強調されています。
一方、動物の骨は、死と再生を思わせます。タロットカードの死神が、人の骨の埋まった土を鎌で掘り起こそうとしているように、一度死んで土となり、新たに生まれ変わる、という過程です。ここでは骨が土からかなり覗いていて、その過程があらわにみえています。悪くとると、地の中に十分埋まっていなくて、表面に現れて風化していく、深いところで身にならずに風に吹かれていってしまう感じもないではありません。

一方、プログレスの水星に対してはトランジットの海王星がオーブ1度以内で、ネイタルの緊張感とは対照的です。海王星はもともとネイタルチャートの9ハウスのカスプルーラーなので、9ハウスの表す宗教や思想との関係で、寺院の壁画が現れたのかもしれません。また、プログレスの水星はネイタルの天王星とコンジャンクションですが、天王星はネイタルチャートの8ハウスカスプルーラーで、8ハウスの表す“生と死・再生”のテーマが動物の白骨として現れたようでもあります。さて、この時の水星へのアスペクトは、ネイタルの水星に対してプログレスの太陽がオーブ1度以内でコンジャンクション、トランジットの土星がオーブ2.29度でオポジション。動きの遅い天体から速い天体へ影響が及ぶと考えると、トランジットの土星がプログレスの太陽、つまり今現在の本人の意識や意志に対して現実的で厳しい価値観を投げかけ、その非常にタイトな方向性を強いられる太陽のエネルギーは、ネイタルの水星を通して発現しようとします。太陽と土星のオポジションというたいへんに緊張した状態、あるいは、トランジットの土星のネイタルの水星へのオポジションも、この“固さ”や集中力の原因のようです。土星は目に見える形にしようとするので、知的活動や自分の考えを周りに認めさせようという気持ちが強く出るようです。このアスペクトの人を見ていても、会話をしていると自分の考えに集中するので、あまり気楽に話題が広がっていくという感じはしません。

金星

反対に、外部と接触してエネルギーを取り込もうとする働きの金星の位置では、頭にターバンを巻き剣を結わえて、水(河)に浸かった男。インドのシーク教徒です。「男たちの腰の剣は今では象徴となったが、迫害と戦う教徒の決意を象徴する。」と、雑誌にありました。
この写真を切り抜くときに目にした文章に、「どんなときでも武器である剣を身につけなければならない」とあったのが印象的でした。日本の武士にとって の刀のように、剣は信仰を守る聖なるもののように思えたのです。非常に厳格な 規律を守る教徒の沐浴、その一瞬の時は、厳しい現実と向き合う中でのしばしの休息、という印象です。あるいは、休息の中でも気の抜けない厳しい規律の中にあること。
それとは反対にとても穏やかな光に満ちた白い部屋の中の写真が、月と金星の両方の位置にまたがっています。大きいものと小さいもの2つあって、ここでも反復の作用が働いています。月の位置にかかるということでは、月のサインの蟹座に“増殖”の意味があるし、金星はやはり“増殖・拡大”させる木星とタイトにアスペクトしています。
この時の金星のアスペクトは、ネイタルの金星に対してトランジットの天王星と木星ががオポジションです。金星はもともと土星とスクエアですが、トランジットの天王星と木星によって、固定宮のTスクエアが出来ています。木星と天王星のコンタクトは、古いものを破壊することによって新しい状況が開示されそうですが、木星の影響もあって、悪い影響はないでしょう。なによりネイタルの土星のスクエアという重さを天王星が破り、それを木星が援助する、という形が想像されます。決して穏やかではないけれど、意義のある革新が起こりそうです。第1ハウスという本人自身のハウスにある金星にとっては、この天王星と木星はたいへん壮快な感じさえします。
そして水瓶座の天王星と木星は思想的なこだわりだとするなら、世界的に見れば非常にマイナーな宗派、迫害の下にある教徒、というのは“思想的なこだわり”をよく表しているようです。もともとの固定宮の重さのため、かなり緊張した状況(切るか切られるか、という状況を想像させる武器を放さない)として現れているようです。
プログレスの金星はこのときネイタルの太陽とコンジャンクションです。サビアンは「貴族的な家系図」。自分の家系的なルーツとコンタクトする度数、目的や方向性が狭められること、外部に対して開かないことによって自分の中の古い根の部分を生かそうとする度数です。「信仰や掟によって常に剣を手放さない男」というのは、一般的な常識とはかなり異なった自己の立場に集中している状況を表しているようです。

太陽

太陽の位置には、小さな写真がいろいろと並んでいます。中心に大きなものがないので、“中心性のない構図”という印象です。太陽の部分よりもむしろ、火星や木星のあたりが強調されています。

太陽の位置にあるのは、中心より少し上の位置に、赤い花とみずみずしい緑 の葉の写真、その下に幼い子供2人(姉妹のような)が海岸のようなところを歩いている写真。この2枚は、かわなかのぶひろの映画の1コマですが、写真自体が霧がかかったような質観でノスタルジックな雰囲気がしています。幼い日の夏の1コマといった印象です。
花の写真の右にあるのは、南極の雪の上の3人の男たちの上にオーロラが現れている写真のようです。その下は、庭の芝の上の石畳です。「道が示されてる」という印象ですが、それがこの上のオーロラという非日常的な光景へと、まるでつながっているかのような構造を、自分で思い描いていたようです。
その下にあるのは、雪の中で男たちが狩りをした獲物を、火であぶっているものです。
これらの中で一番中心にあるのは、2人の子供の写真です。小さいながらも、画面の真ん中に位置していて、これが強いて言えば“自我、中心性”である太陽の場所となるでしょう。
子供ということ、またノスタルジックな質感、ということだと、現在から逃避して過去の思い出に浸っている印象は戒めません。しかし子供ということでは、例えばタロットカードの太陽も子供が描かれていて、子供のすくすくと成長する若いエネルギーの象徴です。また、子供たちが右側を向いている、ということも右側、すなわち未来に向かって歩いている、ということになります。
しかしやはり夕暮れ時のように光が薄く、はっきりとしない質感は気になります。気持ちは未来を向いているんだけど、具体的な方向性がはっきりとしないためにぼんやりとした写真だったり、また具体的な方法に疎いということが、子供という稚拙さとして現れているのかもしれません。
このときの太陽のアスペクトは、ネイタルの太陽に対してプログレスの金星がオーブ1度以内でコンジャンクション、トランジットの木星がインコンジャンクト。
また、プログレスの太陽はネイタルの木星、水星とコンジャンクション、となるのでネイタルの金星にもセキスタイルでコンタクトします。ネイタル、プログレスともに太陽と金星がお互いコンタクトしています。
プログレスだけ見ると太陽はノーアスペクト。このプログレスの太陽に対し てのトランジットは、土星がオポジションでそれを天王星、木星がトラインで調 停しています。(ネイタルの水星、木星へのアスペクトと同じ)
ネイタル、プログレスで、太陽と金星がどちらもアスペクトをとることは、 赤い花の写真に現れているようです。“花”は女性性を表すもので、美や女性性を表す金星で、きれいな色の花を撮ることは多いようです。太陽に対してプログレスの金星が重なると見ると、もともとの太陽の意志を金星によって楽しく体験しようとしたり、気分的に馴染んでいける、またネイタルでコンジャンクションの場合のように、対外的にも自分の意志をうまく環境の中で開花させようとする、社会的な生活を、趣味のように楽しく進めようとするのかもしれません。
花は“開くもの”で自我である一方、“葉”はコミュニケーションを表しま す。ネイタルの太陽、プログレスの太陽とも、7ハウスにある木星(プログレス は天王星とも)とアスペクトをとっていて、他者とのコミュニケーションである “葉”に囲まれた“花”=太陽、という図式が見えてきます。
トランジットの木星と天王星の影響を考えると、ネイタルの太陽に対してはインコンジャンクトで調整を要求しますが、プログレスの太陽に対しては援助し ます。またネイタルの太陽は土星とトラインで常識や枠に違和感を感じませんが、プログレスではオポジションで社会的な価値観や抑圧に直面してしまう。
トランジットの土星は天頂にあって、社会的にアピールできる立場を確立す るようなプレッシャーを太陽は与えられはしますが、それを木星と天王星が7ハウスで調停しており、7ハウスというはじめての外部への期待、何か良いことがやってこないかな、と環境的な外部を探ろうとする様子が、子供たちが右を向いて歩いていたり、ハンターが望遠鏡で右側の遠くを眺めていたりする様子というわけです。
庭の石畳のように、どこかへ続く道(橋なども)というのは、太陽の写真として出てきやすいものですが、土星とのオポジションで道、つまり「方向を限定する」ことが強調されるでしょう。しかしその石畳の先(上)にあるのが、日常的には見ることのできないオーロラを見る男たちというのは、水瓶座の天王星、木星の未知のものへの期待感とか非日常性との調和の方に流れているようです。また土星のある9ハウスの遠いものへのあこがれが現れているとも思えます。
ところで、プログレスの太陽のチャートでは、ミスティック・レクタングルが出来ています。プログレスの太陽とトランジットの土星のオポジション、ネイタルの金星とトランジットの木星・天王星のオポジションが、お互い調停しあう関係です。1-7ハウスの自己と他者との関わり、3-9ハウスの知識や思想的な領域の間で、常にそのエネルギーが循環しているわけです。自分の考えを作り上げようとする時に人と関わろうとするし、人と関わると思想的に触発されたり、知識欲をかきたてられるようです。

火星

 火星の写真は、画面の中で最も大きく印象的です。砂漠を馬に乗って駆けて いく男の後姿です。砂漠の熱さと乾燥、風の動きが感じられます。まっすぐな地 平線がその遠さも印象づけます。
この写真の印象は、ネイタルの火星の印象とかなり重なる部分があります。 ネイタルでは火星は射手座の21度で5ハウス。射手座の火星ということで、自分 の中の男性的なイメージというのは、いつもスピードや躍動感、“遠さ”と関係 しているようです。また火の熱さ、砂漠の厳しさというものとも関係しているよ うです。飛行機がとても好きで、離陸の瞬間の加速していく身体感覚がたまらな く好きなのですが、これは5ハウスということで、先行きのわかならい危なさ、 たとえばギャンブルの危なさのようなものと言えるでしょう。
 ネイタルでは火星は冥王星とスクエアで、本当は昔からスピードはとても苦 手でした。ジェットコースターは怖くて乗れないし、車でも90キロくらい出され ると怖がってしまう。ところがこの時はプログレスの冥王星はオーブ0.24度でタ イトなセキスタイルとなっていて、最近、スピードに対する恐怖感がなくなって いることに気づきました。また、オーブは2度弱過ぎていますが、ネイタルの火 星に対してプログレスの海王星もコンジャンクションで、もともとの恐怖感がぼ やけているのかもしれません。海王星が示す夢のような期待感を、この写真のよ うな風景に感じているようなのですが、この写真はコラージュ全体の中で最も好 きなものなのです。
 プログレスの火星のサビアンは山羊座18度で「食料品の詰まった袋を運ぶ5 才の子供」。“5”の表す創造性に対して、環境からその進歩を加速させるよう 強制される度数です。自然にではなく、意識的に激しく訓練する必要があること 。それをこの写真がら読み取るならば、砂漠という地上で最も生きるのに厳しい 場所、そこを懸命に駆け抜ける男の様子は、重なるものがあるようです。ただ写 真の印象ではそれは厳しく窮屈というよりは、“爽快感”の方を強く感じます。

木星

 木星の位置は、金星と同じ写真の一部です。金星は男の頭の位置まででした が、木星はその上の金色の建物(黄金寺院)と男が浸かっている河です。また、 2人のハンターの男と、雪の中で獲物を焼く男たちの部分も入ります。
 木星のアスペクトは、ネイタルの木星に対してプログレスの太陽がコンジャ ンクション、トランジットの土星がオポジション、またオーブ4度でトランジッ トの冥王星がセキスタイルです。
プログレスの太陽、つまり現在の意識的な方向がもともとの木星に焦点を当 てていて、それに対し現在の状況的(トランジット)な部分では現実的で客観的 な厳しい視線(土星)が向けられている。木星と土星なので個人的な活動ではな く、心理的には意識しづらいところがあります。プログレスの太陽が重なるので この木星と土星という社会的な活動に意識を向けねばならない感じが、どこかで しているようです。それは遠くをながめるハンターの姿がそのまま重なります。 黄金寺院は個人の住居ではなく公的な建物ですし、寺院なので、9ハウスにある トランジットの土星の影響も考えられます。トランジットの射手座の冥王星も、 宗教的な影響があるでしょう。
 一方、プログレスの木星は蠍座の6度。プログレスの土星、トランジットの 土星とともにインコンジャンクトで、ヨドを形成しています。また、トランジッ トの天王星と木星とはスクエアです。

土星

 土星の位置の写真は、右側に向かって走っているトナカイの大群です。大群 ということでは、群衆のイメージと重なりますが、人間ではなく動物の大群はよ り本能的な切迫感とか躍動感を感じさせます。群れで移動する動物が大群でアフ リカの大地を移動する様にはものすごい気迫を感じるのですが、トナカイなので 寒い北の光景です。雪の中のハンターなどもあって、冬、北の厳しさが、中央の 軸に目だっているのに対し、火星では砂漠の熱さがあって、熱さと寒さ、どちら もの厳しさと激しさが全体の写真に混在している感じです。
 土星へのアスペクトは、ネイタルの土星に対してプログレスの木星がオポジ ション。
プログレスの土星に対しては、プログレスの木星がインコンジャンクト、ト ランジットの冥王星が正確なオポジション、トランジットの天王星がトラインと 、プログレスの方が派手です。
プログレスの土星は11ハウスで双子座5度。サビアンは「油田をドリルで掘 る労働者」。集合的な意識に関心が出てきて、古い価値の蓄積を発掘しよとする 度数。そのため素朴な個人性が損なわれることもあるわけですが、それが“動物 の大群”という、“人ならぬ感じ”として現れているのかもしれません。冥王星 や天王星とコンタクトするため、日常性を脱した、本能的な部分が刺激されてい るようでもあります。
・この位置を補足的に冥王星の位置とも考えると、ネイタルの冥王星に対してトランジットの太陽がオポジ ション、トランジットの火星が逆行で接近しており、オーブは5度と広いですがトランジットの海王星とトラインです。プログレスの冥王星はネイタルのICを2 度過ぎたところ、ネイタルの火星と正確にセキスタイル、プログレスの月とスクエアです。
 特徴としては、ネイタル、プログレスともに冥王星は火星とコンタクトして いることでしょう。火星は上にも描いたように、ネイタルの影響でほとんどスピ ードの原理として働いていると自分では思っているのですが、それが群れで走る というかなり壮絶な風景と関係しているかもしれません。また群れで走る様子は 、その地響きのする足音と、大地の揺れをも感じさせますが、それは例えば天底 にあるプログレスの冥王星の底力、という気もします。
 ネイタルチャートで天底に冥王星があると、なにか私的な部分で大きな問題 をかかえていそうだとか、情緒的に穏やかでないなどと解釈しますが、この冥王 星の写真を見る限りでは、天底にある冥王星はむしろ肯定的に働いている気がし てなりません。活動宮の天秤座のため、群れで走るという躍動感となったとも見 れますが、現在(’97年9月)天頂に来ているトランジットの土星の抑圧に対して も、何ら圧迫されることなく、むしろその抑圧に対して内側から強い反発を表し ている自分を感じていましたが、その原因がこの天底の冥王星の底力という気が 自分ではします。

天王星

 天王星の位置にあるのは、港の写真ですが、スウェーデンの港で帆船も見え ます。これは実は意外で、写真を選んだ時は、南仏あたりの暖かい海を想像した のです。かなりの部分、青い空と白い雲が占めていて、海自体はあまり見えませ ん。港に雑然と船が停泊している感じ。右の方には、船の帆か、黒い柱がこの光景を遮っているのがちょっと暗い印象です。
また、少し土星(冥王星)の位置にかかっていますが、その右側には、獅子 の石像の写真もあります。これはトルコ、ネルムッド山にあるアンティコス1世 の霊廟を守る獅子。ライオンが王の霊を守るために配置されるというのは、世界 中にあるらしく、日本では家康の霊を守る狛犬もその例らしい。
実はHestiaによる 箱庭 でもライオンは中心に現れました。ライオンは動物の中でも最も善なるイメ ージがあって、つい中心に置いてしまう癖があるのですが(たとえば写真の例で は、 オリベッティ・エコスさん も猫に変身させて太陽の位置に置いている)、今回はあまり真ん中に置く気 がせずに少しずらして置いたのです。
 天王星のアスペクトは、ネイタルの天王星に対してプログレスの水星がオー ブ1.36度でコンジャンクション。プログレスの天王星は、蠍座の0.01度で、蠍座 に入ったばかりです。ネイタルのアセンダント、トランジットの海王星とそれぞ れスクエアで、Tスクエアを形成しています。
 ネイタルの天王星とプログレスの水星のコンジャンクションということでは 、現在の水星の知的興味の方向がもともとの天王星の性質の方に向く、というこ とです。もともとネイタルでは水星と天王星はオーブ7.5度とかなり広めですが 、コンジャンクションです。ネイタルでは水星は順行しているので、プログレス の過程で逆行して天王星の方へ戻ってきたわけです。
 逆行は悪い意味で言われることも多いですが、ステーション→逆行の流れは 、それまでのやり方を一度止まって振り返る、見直すという意味でとらえてもよ いのではないかと思います。そうすると、水星の活動としてはこれまでの活動を 振り返って、そこにこだわることで完全なものにしようとしている準備期間とい えそうです。それが今は、もともとの天王星と出会った後にある。
 例えばよくプログレス天体が順行から逆行へ、逆行から順行へ切り替わる時 期を転換期として見ることがありますが、それで言うと、プログレスの水星はほ ぼ11才の頃に天秤座の14度で逆行を始め、19才の頃にネイタルの位置に戻り、25 才の頃に天王星とコンジャンクションになっています。
 水星の知的興味から振り返ってみると、逆行を始めた頃から文学や外国語へ 傾倒し始め、ネイタルに戻った頃はそのピークです。これはネイタルでの木星と のタイトなコンジャンクションを推し進めてきた水星をもう一度振り返る、とい う風に感じられます。天秤座14度のサビアンは「環状の道」。規則的な生活のリズムの大切さを再確認する度数です。規則的ということでは、外国語の勉強とい うのは気の遠くなるようなルーティーン・ワークかもしれません。
その後しばらくその興味は続きますが、天王星とコンジャンクションになっ た頃から、その興味が完全に占星術と入れ替わっているのが、自分では興味深い ところです。そして現在はまだその流れの中にあるようです。
 写真の解釈から外れてしまいましたが、この天王星の写真は、ネイタルの天 体へのアスペクトからはちょっと分からないものがあります。ネイタルのサビア ンの様子も特に現れていません。水星との関係性も特に感じられません。
 どちらかというと、プログレスの天王星の方が関係がありそうです。蠍座の0.01 度という、まさに蠍座に入ったばかりの状態です。これは単純に言えば、もと もと天王星で水のイメージはほとんど持っていないのに港の写真であることが、水のエレメントの蠍座だとか、またトランジットの海王星とスクエアであるため、海とイメージがつながりやすい海王星の影響で港を撮ったとか言うことはできると思います。実際、海王星の写真は、陸から離れた海の真上の写真です。アセンダントともスクエアですが、アセンダントも水のエレメントの蟹座です。
 蠍座0度のサビアンは、「町の通りの満員の観光バス」。雑多な人々が同じ 空間を体験することで強烈な感情の体験を呼び起こすこと、天秤座的な人々との 関わりがここに来て情感的に体験できるものとして立ち現れてくる度数です。
 このサビアンから考えると、例えば港の写真には人は全く写っていませんが 、港に出入りする船が幾艘か見られます。港というのは象徴的に、また実際雑多 な人々が出入りする場所ですし、文化の出入りする交流の場所でもあります。個 人的な天体ではない天王星の写真であるから、人がそのまま登場せずに、むしろ より大きな国や民族が交差する文化の接点、という風に思えます。
 そうすると、王の墓を守るというこの獅子の石像は、天王星の位置で何を守 っているのでしょうか?

海王星

 海王星の位置には、海上で鯨漁をする男の写真です。全体重をかけて、銛を 鯨に突き刺す男が、勢いよく海の上に跳ね上がっている、この躍動感が印象的で す。火星の写真と同時に最も好きなものです。
 海王星のアスペクトは、ネイタルの海王星に対してプログレスのアセンダン トがスクエア、トランジットの火星と海王星がセキスタイルで小三角形を形成し ています。プログレスの海王星は、オーブ1.5度ほど過ぎていますが、ネイタル の火星とコンジャンクションです。
 冥王星と同じく、ここでも火星とのコンタクトが強調されているようです。 そして冥王星と同じように、火星の示す“動き”や“躍動感”がよく現れている ように思います。
 ネイタルの火星に対するプログレスの海王星については、火星のところで、 「スピードに対する恐怖感がぼやけている」と書きましたが、ここでもかなりあ ぶない動きがむしろコミカルで楽しげな感じになっているのが印象的です。危険 なこと(火星)に対して楽観的に(海王星)挑戦する、という印象もあります。 もっと単純に言えば、海王星(海)の上で銛を突き刺す(火星)という、アスペ クトそのままの写真にも見えてきます。
 火星の写真、海王星の写真ともに、ネイタルのハードな火星がより肯定的な 形で出てきている、という印象がありますが、海王星の写真は少々危ない感じも あります。これは5ハウスにあるということもあって、先行きのわからない賭け のような漁の方法を表しているようです。一発勝負、というわけです。もともと 火星と海王星はサイキックなど海王星の表す領域に集中しすぎるという危なさが あるでしょうが、それが外部と接触する右側軸の海王星の位置であることを考え ると、思想的、精神的な面で何が入ってくるか分からない、本人の立場の分から ない(足のついていない海上の男)状態にも見えてきます。そうすると、これは ディセンダント上にあるトランジットの海王星のことではないか、という気さえしてきます。
 10天体の位置をチャートと対応させて全て見てみましたが、全体を眺めてみ てどこにポイントがあるか、というとやはり火星と海王星、また冥王星の躍動感 が印象的だし、気に入っている部分です。
中心の太陽、自我の部分では、ひっそりと静かにではあっても、外部を探っ てその道を模索しているように見えます。危ないのは、やはり月の部分。これは肯定的に解釈した冥王星とは逆に、天底の冥王星の危なさがスクエアの月に出ているからかもしれません(もともとICは月の位置です)。月は冥王星のある天底 のその底までつれていかれたようです。しかしここでも火星が関与していて、その底のものはため込まれずに噴出している。火星、冥王星とのTスクエアが活動 宮で起ったために地の底の溶岩は流れ出てしまいましたが、流れ出たものはどこに行けばいいのでしょうか?

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